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2.忘却 -3- [硝子の森]

「仕方ないのよ」
 彼の視線から逃げるように、彼女は頑なに俯いていた。
「あなたのこと、嫌いになったわけじゃないわ。わたしだって、辛い」
 そう、搾り出すような声で呟いてから、彼女はきつく唇を噛み締める。
「わたしだって、辛いよ……」
 繰り返して、彼女は彼を振り向いた。そして、灰色の薄い瞳でじっと何も言わない彼を凝視する。
「何もかも、捨てて。あなただけ、選んで。そうできたら、どんなにいいだろうって、思った」
「だったら、」
 彼女は自分のほうに手を伸ばし、切に何かを訴えかけた彼の言葉を遮った。
「できないわよっ!」
 叩き付けるような激しいその口調に、彼は言葉を失ってしまう。
「できないのよ……」
 その瞳には、今にも溢れ出しそうなくらい涙がじわりと盛り上がっていた。
 そして、彼の両方の二の腕をきつく掴み、震える唇で声を絞り出す。
「あなたと一緒に、どこかへ行ってしまうこと。それも、考えた。でも、そんなこと、現実にはできっこないよ。この、干からびた大地で生きていくためには……1人や2人じゃ、駄目。そんなことは、あなただって、良く分かっているはずじゃない」
「わかりたくもないけどな」
 吐き捨てる様に、彼が言った。
「集落が、違うってこういうことなのよ。わたしがあなたの集落に行けば、わたしの集落は一人、働き手を失う。あなたがわたしの集落に来たら、あなたの集落が一人、働き手を失う。長老方が反対する理由が痛いほどわかる。--わたし達、一緒にいることは出来ないのよ。あなたのこと、好きよ。愛してるわ。でも、一緒になることは、……できない」

 枯れた大地の残された僅かな実りに、しがみつくようにして生活している人間達。
 こんな世界にでも、実りの望める地域が僅かにある。彼らは、そういう地域にて人口を増やしすぎないよう、減らしすぎないように分散して暮らしているのだ。
 この時代。集落の異なる者と連れ添うことは、禁忌とされていた。
 それぞれの集落は、常に危うい均衡を保ち生活を営んでいるのだ。成人した人間が、ひとり欠けてしまうことの及ぼす影響は、大きかった。

「リシュィ」
 彼は、震える腕で彼女を抱きしめた。
 抗うように、リシュィは力を込める。けれども……、それは彼女の望みではないから。
 抗うことが望みなわけでは、決してないから。彼女は容易く、彼の腕の中にかき抱かれた。
「わかっているんだ」
 唇を噛み締めて、彼が囁く。
「わかって、る」
「ハルァ」
 彼女は眼を閉じて、彼の背に腕をまわした。


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