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2.忘却 -2- [硝子の森]

 ネージュはしばらくの間、その場にしゃがみこんだまま、ぼんやりとその名も知れぬ植物を見つめていた。
「多分、雑草だよね。でも、灰色の中にあると、とても綺麗だよね」
 同意するように、リュヌが喉を鳴らす。少女は微笑んで、漆黒の瞳を細めた。
 それから、埃に汚れた両手を打ちつけ、埃を払うような仕草をする。
「汚れちゃった、ね」
 微笑んだまま、彼女は立ち上がった銀狼の毛についた埃を払い落とした。
「今日は結構、冷えそうだね」
 ぎゅっと一回、彼の首に抱き付いてから、少女もすっと立ちあがる。
「あったかいところに、行こうね」
 囁くように、言われる。その言葉に応じるように、少女の手の甲を優しく舐めてから、銀狼は低く唸り声をあげた。
「なに?」
 その様子に、銀狼の目線を追う形で少女はくるりと身体を反転させる。
 そして、視線の先に、一人の少年を見とめた。その途端、少女の紅い唇が、ゆっくりと笑みの形を作り出す。
「こんにちは」
 突然かけられた声に、少年はひどく驚いて目を見開いた。彼の様子から、先程からこちらをうかがっていたことは計り知れる。
「こんにち、は」
 ぼそぼそと、風の中に消えてしまいそうな声音で、少年が一応挨拶を返す。
 細かい瓦礫の屑をのせて、風が吹きぬけた。
 少女の腰よりも長い、艶やかな漆黒の髪が舞うように揺らめく。
 その様に、僅かに見惚れていた少年は、ゆっくりと少女が首を傾げたところで我に返った。
 こつこつと靴音をたてながら、銀狼の背に手を添えこちらへ向かってくる少女に対して、畏怖に似た感情を覚える。
「あの、あなたは……」
 完全に臆した様子の少年に、ネージュは殊更に毅然とした笑みを向けた。
「私は、ひとつの記憶の欠片」
「え?」
 少々呆気に取られて、眼を瞬かせる彼のことなどお構いなしに、彼女は足を進める。
「君の望みは?」
 ネージュは少年の目前で、ぴたりと足を止めた。
 そして、細い腕を伸ばしてそっと彼の頬に右手を触れる。少年は、その指先の人ならぬ冷たさに、恐怖すら感じた様子だった。
 びくりと肩を震わせ、反射的に少女の手に己の手を添えてから硬直して動かない。
「君が、心から願うことは……?」
 重ねて問われて、少年は幾度か口を開閉させた。
 言葉にしたいことが、ある。けれども、それが、声にならない。
 そんな雰囲気だ。
 己と同じ程の年齢と思われる少女。
 しかし、その少女の瞳はあまりにも冷え切っていた。人としての、暖かみに欠けているのだ。
「俺の、願い」
「そう、君が心から願うこと。私はそれを叶えてあげる。勿論、代償はもらうけれど。君を……楽にしてあげられるよ? だって、そのために、君は私を見つけ出したのだもの……」
 謎かけのような彼女の言葉に、少年は混乱した。
 何故か乾ききっていた喉を湿らせるために、彼はごくりと唾を飲み込む。


 この禍々しくも思える美貌の少女が、何者なのか、わからない。
 素性も、名前も、何一つ、わからない。
 けれども、そんなことはどうだっていい。
 もしも、願いが叶うなら。
 --あるいは、叶わなくても。

 あの日から。ただ、ひたすらに欲していたものは、縋り付く場所であったからだ。
 例え、その相手が、悪魔であっても良かった。
 何を差し出してもいいと、思っていた。


「もしも……本当に、叶うのなら……」
 躊躇いがちに、少年の薄い唇が言葉を紡ぐ。
「俺は……」

 頬に触れていた彼女の指が、すっと遠ざかるのを感じた。縋りつくものが消えてしまいそうな恐怖心に囚われ、彼はネージュの手を強く掴む。

「俺の望みは……」

 少年は、細くて白い彼女の指先を握りしめ、囁くように言葉を絞り出した。


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