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1.はじまりにあった存在 -4- [硝子の森]

「叶うさ」
 あっさりと簡単に言い返されて、少女はしばし言葉を失う。
「本当に?」
 再び探るような声音になり、少女は老婆の顔を覗き込んだ。
 そこで初めて、彼女が赤銅色の肌をしている事に気付く。その瞳は透き通った青色で、皺がれた風体からただひとつ浮いて、爛々と輝いていた。
「但し、おまえさんに『記憶の欠片』となる覚悟があるのならば」
 逆に瞳を覗き込まれ、少女は俯いてしまう。
「どうだっていいのよ。どうせ、死んでしまうつもりだったんだもの。ただ……ひとつだけ心残りがあって。それが、どうしても叶えたくて、叶わなくて……諦め切れなくて……」
 少女は呟いてから、きつく唇をかみ締めた。
 黒眼が潤んで、今にも透明な雫がこぼれそうになっている。
「大切な人がいたの。ううん。今でも、大切な人。ずっと、隣にいてくれるって思ってたの。でも、駄目だった。……伝えられなかった言葉を伝えたい。今のあの人には、私の言葉は届かないから。『言葉』が届いたとしても、私の『心』が届かないから。ただ、一言でいいの。あなたが大切なんだって、大切だったんだって伝えたい。あの頃の、あの人に。それだけが、私の願いなの」
「…………」
 老婆は沈黙したまま、静かに少女の瞳を見つめていた。
「あのね。本当は、時間を戻してって言いたいのよ。でも、それじゃ、きっと私は同じ事を繰り返してしまう。だから、彼の心だけでいい。あの時に戻して欲しい。そして、伝えさせて」
「それは……、とても傲慢な願いだと、気付いてはいるのかい?」
 静かに問われて、彼女は唇を歪めながら頷いた。笑みを浮かべようとして、失敗した。そんな表情で。
「勿論だわ。でも、それだけなの。私の望みはそれだけ。他には何もいらない。失ってしまうまで、気付けなかった私には、もう……他には何も望めないの」
 涙をこぼすまいと、強張らせた表情。
 けれども、その努力も空しく、次から次へとその頬に雫が伝う。
 短く、強く。息を吐き出してから、老婆は小さく囁いた。
「その望み、確かに承った」


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