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1.はじまりにあった存在 -3- [硝子の森]

 倒壊した灰色の建造物の谷間に、ぼんやりと黒髪の少女が立ち尽くしていた。
 空から注ぐ光は、曇っているわけでもないのに、常にくすんでいる。
 その中にあって、彼女の存在は人の眼を惹いた。
 確かに彼女は生者であるのに、まるで造り物のような印象を周囲に与えるのである。
 崩壊した風景の中で、彼女だけが一点の綻びもなく異質であった。

 と、彼女が小さく首を傾げて後方を振り返った。彼女の視線が向けられる先には、いつの間に現れたのか背中の曲がった老婆が立っている。
「願いを、叶えたいのかい?」
 しわがれた声で、老婆が囁いた。
「願いなんて、私にはもうないから」
 冷たく、拒絶するように少女は言い放つ。
「叶えたい夢なんて、もう、ない。全部、消えちゃった。全部、失くしちゃった」
 そう言い募る彼女の眼には、くっきりと泣きはらしたような跡があった。
「もう、2度とは叶わない。だから、私は、もう何も望まない」
 淡々と言葉を紡ぐ少女に、老婆は思惑の見えない表情で少女の顔を覗き込む。
 少女は胡散臭そうに老婆を一瞥し、僅かに眉をしかめた。彼女の前に立っているのは、別れて5分後には顔も思い出せないだろうというくらい、何の特徴もない老婆だった。
 にじり寄る様に老婆が近づいて来た分、少女が後退する。
 彼女の靴が砕けた瓦礫の破片を踏んで、それは乾いた音をたて更に細かく砕け散った。
「おまえさんの望みを、必ず叶えてやろう。但し、それなりの代償はもらうことになるがね」
「叶わないって言ってるじゃない」
 苛立たしそうに少女は言葉を吐き捨てる。
「失ってしまったの。2度とは戻らないの! そんな都合のいい夢を見れるはずないじゃない」
「いいや」
 はっとするほど、しっかりした声で否定しながら老婆は首を横にふった。
「必ず叶う。叶えてやるさ」
「あなたは、誰なの?」
 ここへ来て初めて、少女は老婆の存在を訝しんだ。この一体には集落は存在していない。そんなことは、とっくにわかっていたことだった。
「私はひとつの記憶の欠片--」
 謎かけのような答えに、少女の柳眉が跳ね上がる。その様子を見て、老婆は微苦笑を浮かべた。
「からかっているわけではない。そうとしか言い表せぬ存在なのさ」
「人間……なの?」
「いいや。そうとは言えない存在だね」
 少女は小首を傾げて老婆を見つめる。彼女の言葉を、どう受け止めれば良いのか迷っているような表情だった。
「キオクノカケラ?」
「そう、この世界の記憶の断片。ずっとずっと昔から、私はひとつの記憶の欠片。私を見出した者は、皆、深い願いを胸に抱えている者ばかり。私は、その者達の願いを叶える。代償と引き替えに……」
「代償って、何なの?」
「さぁ? 時によるね。時には命、時には記憶。望む者の、『幸せ』を代償に貰うのさ」
「私は、何を代償にしたらいいの?」
 ぼんやりと虚空に目線を移す様に、視線を彷徨わせながら少女が呟く。
「おまえさんは……代償を支払うことはない」
「……?」
 言葉なく漆黒の眼を瞠る少女に、老婆は底知れぬ笑みを向けた。
「おまえさんは、やっと現れた私の後継。私がおまえさんの願いを叶えたら、私の役目はそこで終わりだ。おまえさんが新しい『記憶の欠片』となるのさ」
「私が?」
「そう……。私は、長くここに留まり過ぎた。もう、疲れてしまった。いい加減に解き放たれたいのさ。……この世界が崩壊するよりも前から、私は、記憶の欠片だったのだから」
 そう呟く老婆の言葉には、得体の知れない空虚さが感じられる。
 少女は小さく嘆息を漏らしてから、伺うように囁いた。
「私が欲しいのは、失くしてしまった人の心だよ? そんなもの、叶うわけないでしょう?」
 --探るように、囁いた。


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